話に矛盾が生まれたら二股されている予兆かも

大好きな恋人との楽しいお付き合いが、人生において大きな喜びなのは言うまでもありません。
この恋愛が、ゆくゆくは結婚へと繋がっているかもしれないという思いも生まれてくれば、喜びはさらにその二倍、三倍と増えていくことは間違いないところです。
誰もがその喜びを人生のゴールへと繋げるために、あれこれと日々陰ながら努力したりもしているのですが、思わぬところにつまづきがあるかもしれません。
恋人の話に矛盾が生まれることは、誰もが経験することではあります。
多くの場合、それは単に話を聞いていなかっただけとか、忘れてしまっただけとか、他愛のないことで終わっていく話です。
しかし、どうしてもそれだけで終わらないことが、まれに生じます。
相手の反応が上の空のように思えるとき。
ひんぱんにスマホをいじっているとき。
予定を切り上げて帰ってしまったとき。
仕事が忙しいと言って会えなくなったとき。
こうなると、ごく日常的なやりとりに疑いの目を向けることになります。
もしや他に誰か好きな人が出来たのでは、という想像に至るのは自然なことです。
晴れ渡る未来に雲がかかる、その予兆として、それを感じ取る人は少なくないでしょう。
恋愛において、失望し怒りを覚えることの筆頭が、二股をかけられることと言っても言い過ぎではありません。
裏切られた感覚は、相手が自分に向けていた表情や行動が、すべて崩壊してしまうほどの衝撃です。
そのすべてが嘘だったのですから。
二股は、かけていようとかけられていようと、決して幸福には結びつきません。
誰かを必ず傷つけてしまうからです。
傷の上に成立する恋愛も結婚も、そんなものはありはしません。
例え幸福だと思っても、人を傷つけたという思いは消えることはありません。
もしも本当に消してしまえる人がいるのなら、そんな人と関係が切れたことをむしろ喜ぶべきです。
恋愛は、不幸になるためにするものではありません。
幸福になるためのものです。
自ら、辛い人生を歩む必要も、意味も誰にもないのです。
相手の話の矛盾に気付いたとき、正確に話を聞いてみてください。
そのとき、相手の本当の姿が浮かび上がります。
微妙な駆け引きは時に危うい綱渡りになるかもしれません。
しかし、もしも嘘をついてもごまかせると相手が思っているのなら、こちらをなめているということになります。
恋愛は対等でなければなりません。
どちらかに主導権があるものでもありません。
誰のためでもなく、自分自身のために。
素敵な恋愛は、甘いだけのものではないということです。

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